入院中の同級生達との思い出

はじめに

私が受傷した時期は.高校3年生にとって大学入試を目前にした一番大事な頃でした。そんな忙しい時期にもかかわらず、多くの人がわざわざ病院にまで来てくれました。このころはまだ自分の置かれた状況を理解できずにいて、周囲に当たり散らしていました。そんな中で友人達の他愛のない会話を聞いていると、私の世界を今までの日常に戻してくれ落ち着いきました。自分の中ではいま置かれている状況が夢なのか現実なのかはっきりと分かっていませんでしたが、家族と違い同級生には「現実の世界」であると想定して対応していました。当時の私はまだ目はほとんど見えず、相手の顔も真っ黒な影のようにしか見えませんでしたが、声で誰が来ているのかは大体わかっていました。今回はそんな同級生たちとの思い出を書いて行こうと思います。

はじまりは予想だにしない相手

長い長い夢からさめたものの、現実を理解できないでいたころに初めて会ったと認識しているのは、あまり仲良くなく私自身は苦手だったI君でした。あんなにしんどい夢を見たのだからちょっとはごほうびで好きな子でも来てくれないかなあと思っていたので、正直言って「なんでこいつなん?」という思いが強かったです。彼はたびたび私の病室を訪れてきたので、看護士などは「いつも来てくれていい友達だね」と言っていましたが、私にはなぜ親しくもない彼がこんなに来るのか理解不能でした。それでも受験前の忙しい時期に何度も何度も病院に来てくれたことは感謝しています。彼とは退院後に一度だけ、成人式のスーツを買う時にたまたま洋服屋で会いましたが、その後の消息はわかりません。

部活の知り合いや中学校の先生たちも来てくれた

これも初期のころですが、姫路工業高校の山岳部のメンバーが来てくれたことがありました。どうやら秋の合同大会の時に後輩たちから話しを聞いたそうで、姫路からわざわざ来てくれました。彼らとは総体や合宿で何度か一緒になり、仲良くなっていました。まさか彼らが来てくれるとは思っていなかったので驚いたことを覚えています。当時は目も見えませんし、まばたきでイエス・ノーを示すことしかできない状態で、彼らに感謝することができなかったのが心残りです。
病院には習っていたピアノ教室や中学校の先生たちも来てくれました。中学校の先生が来てくれたのは私が生徒会役員で、高校の学科再編で新しく芦屋市の中学校も同一学区になるので説明会に行ったのがきっかけでした。おそらく私が生徒会役員でなかったら先生たちが私のけがを知ることは無かったでしょう。そういった意味でも生徒会役員をしていたのは良かったのかもしれません。

同級生たちとの思い出

もちろん同級生たちも大学入試前にも関らず、よく来てくれました。彼らの近況報告や他愛もない話しを聞いているだけで、私自身もその時は現実世界に戻ることができ、「今日はだれが来るのだろう?」と楽しみにしていました。
ただ大学入試が始まり、みんながそれぞれ新しい進路に決まっていく中、真っ暗な世界で何も状況が変わらないということに不安や焦りを覚えるようになっていました。このころの私はまだ自分が何が原因で入院しているのかは理解できていませんでした。「これはただの悪い夢だ」と信じていました。ただいつまでたっても覚めない夢に、「ひょっとしてこれは夢じゃなくて、本当に起こっている現実ではないのだろうか?」と感じるようになったのもこのあたりくらいからでした。

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